はじめまして、佐守 和(さかみ なぎ)と申します。
突然ですが、皆さんは「『ゆとり』ある人生」を過ごせてますか?
私が幼い頃、大人になったら当たり前に手に入ると思っていた風景がありました。
結婚して子供は2人。マイホームを建てて、週末にはマイカーに家族を乗せて、賑やかな会話を楽しみながらレジャーや旅行へ出かける。そんな、穏やかで「ゆとり」のある休日です。
しかし、大学卒業後に銀行員として社会の仕組みを内側から眺め、結婚を経て親となった今、幼い頃に思い描いていた「当たり前」は、今の日本において、ただ漫然と過ごしているだけでは決して手に入らない贅沢品であることに気づいたのです。
「しょうがない」と笑って流すには、あまりにも重すぎる乖離(ギャップ)。 私はその時、決意しました。流されるのをやめ、自らの手で「『ゆとり』ある人生」を勝ち取るための武装を始めよう、と。
「安定」という名の贅沢品を捨てた日 —— メガバンクでの葛藤
給与水準や休暇など待遇面に恵まれていることもありましたが、何より「日本企業を支える誇り高い仕事」に惹かれ、私は銀行員を選びました。運よくメガバンクの一角に内定を得て、都市部の支店に配属されましたが、そこで見えた景色は想像していたものとは大きく違っていました。
私が入社した2016年にマイナス金利が導入され、銀行というビジネスモデルが根底から揺らぎました。金利ビジネスが立ち行かなくなる中、現場に求められたのは融資ではなく「手数料稼ぎ」のノルマでした。
投資信託や不動産仲介といった証券や信託と連携した収益改善が求められるようになり、次第に「日本企業を支えること」よりも「上司の評価」が益々優先されるようになったのです。
それでも歯を食いしばって取り組んでましたが、ある光景が私の足を止めました。尊敬していた課長が、ノルマ達成のために取引先の社長へ必死に頭を下げている姿。
その姿を見た瞬間、「誰かに与えられた数字に翻弄され、自分の人生を支配されたくない」という思いが決定的になりました。
その後、人事部での採用業務を通じて企画の楽しさを知る機会にも恵まれましたが、再び営業現場に戻った際に感じた違和感は消えませんでした。
「銀行でしか通用しないスキル」に浸り続けては、自分が思い描く「『ゆとり』ある人生」は一生手に入らない。そう確信し、私は安定した看板を捨てる決心をしました。
「個の力」を求めて。それでも抜け出せなかった労働集約の罠
銀行を飛び出した私が次に向かったのは、WEBマーケティングの世界でした。「銀行でしか通用しないスキル」ではなく、どこでも通用する「個の力」を身につけ、自らの知恵と戦略で価値を提供したい。そう思い、広告代理店のアカウントプランナーとして再スタートを切りました。
しかし、そこには銀行時代とは質の異なる「人生の支配」が待っていました。
ある日、広告規制の強化により、掲載している膨大な出稿面のリストを「明日中に出せ」と無理難題を突きつけられました。
またある日は、クライアント側の予算やキャンペーンの都合で急遽出稿の中止が決まり、昨日まで必死に調整をお願いしていた媒体側に、今度は無理を言って出稿を止めてもらうよう頭を下げる必要がありました。
「ビジネスパートナー」という聞き心地の良いキャッチフレーズとは裏腹に、実際はクライアントの予算や意向一つで全てが覆る日々で感じたのは、銀行員時代に見た、ノルマのために頭を下げる上司の姿と重なる、自分の「無力さ」でした。
「他人のビジネスのために、自分の時間と精神を切り売りし続ける。これが、私が求めていた『ゆとり』なのだろうか?」
銀行員時代のような「組織」の縛りからは逃れられたはずでした。しかし、次に待っていたのは「代理店」という立場ゆえの、構造的な疲弊でした。
慢性的な人手不足。そして、クライアントの意向一つで全てが決まる一方的な力関係。それらに必死に食らいつこうとするほど、自分の時間は音を立てて削られていきました。
結局、誰かの商材を扱う「代理人」である限り、自分の努力が届かない場所で全てが決まってしまう。「誰かの顔色を伺って動くのではなく、自社製品を自らの手で育て、改善していくような『自分事』の仕事がしたい」
広告代理店での消耗戦の果てに、私はそんな切実な想いを抱きながら、自らの働き方を三度見つめ直すことにしたのです。
そして今、手にした「自分を助ける武器」
いい加減、自分の道を確立したい。そう考え、これまでの経歴(営業×マーケティング支援)を活かしながら辿り着いた先が、現在のカスタマーサクセスという仕事でした。
ここでは、銀行員や広告代理店時代に感じた「誰かに支配された毎日」とは異なり、顧客体験の価値向上に主体的に取り組むことができています。
そして、業務改善の一環で出会ったのがPythonでした。 Geminiを活用しながら、自身の力で業務自動化ツールを開発できたこの経験は、私にとって衝撃でした。 「スキルを磨く」とは、単に知識を増やすことではなく、「自分の時間を生み出し、人生のハンドルを自分の手に取り戻すこと」なのだと確信した瞬間でした。
私が「ゆとりのリスキリング」を発信する理由
二度の転職を経て、ようやく見えてきたものがあります。
それは、会社やクライアントに依存せず、自分の力で「時間」と「資産」を創り出すことの重要性です。だからこそ、私は今、このブログを通じて以下の「武装」を続けていきます。
- Python/IT: 労働集約から抜け出し、時間を創出する「魔法」。
- お金/マーケ: 誰かに人生を支配されないための「防具」。
- 歴史/教養: 激動の時代に、自分の幸せを定義するための「軸」。
「しょうがない」と諦めるのは、もう終わりにしましょう。 ゆとり世代の私が、泥臭く学び、試し、少しずつ「『ゆとり』ある人生」を勝ち取っていくプロセスを、ここですべて共有します。かつて夢見た「家族4人の穏やかな休日」を、誰にも邪魔されず自分の力で現実にするために。
共に、人生のハンドルを握り直しましょう。